45 For Trash

しごうするのか、されるのか。

桜。肩に降りる花びら。

桜の季節。私は自然の中にいるのは好きだが、必ず花見をしたい方ではない。誘われれば花見に行くしそれなりに賑やかにもするが、そうでなければ道すがら眺めるだけである。例年、頭の上の蠅を追ううちに花の盛りが過ぎている事も多い。

ただ、今年は桜に出逢うことが多い。行く先々で見事な桜や一面の桜が咲いている気がする。ある日差しの眩しい日、出先の近くに一面の桜が咲いている場所を見つけて少し足を延ばした。

満開を過ぎる頃で風が吹くたびに花びらが舞う。散って間もない色が足元にひろがっている。


私は座ってまた風が吹くのを待った。

満開の桜を見ていると、やはり美しい、と思う。薄色の花と黒い幹の対比の美しさに気持ちを寄せているうちに、この美しい花の色は幹の中に潜んでいたものなのだという話を思い出した。

花が咲く前の幹と咲いた後の幹は、一見見分けがつかない。でも確かに変わっているはずだ。もしかしたら、色を溜めていた幹が花に色を贈りながら自らの中の色を失っていくさまを実は我々は微かに感じていて、その刻々とした静かな変化に美しさを感じるのかも知れない、などと考える。


私の周りに人影はなく、ヒヨドリの鳴き声だけが聞こえる。

私はヒヨドリが好きだ。せわしなく桜の花をつつく仕草も、鋭くけたたましい声も、空を切る波のような飛び方も、互いに追いかけ合う姿も好きだ。何よりも決して派手ではない色の羽の重なり合いが織りなす調和が好きだ。傍を流れる水路に何羽ものヒヨドリが交代しながら飛び込み、水浴びをしたり水を飲んだりしているのはいかにも無邪気そうだ。


風が吹く。やはり美しい、と思う。

風に舞い揺れながら降りてくる花びらに、丁度良い速さで落ちてくるものだ、などと思う。自分の方がその速さを美しいと感じるように出来ているのだろう、とも思う。


少し先にある小道に小さなカメラを持った初老の男性が立っている。

しゃがんで花びらを集めていたかと思うと、立ち上がってそれを投げ上げ、すかさずシャッターを切っている。写真の出来に納得がいかないのだろう。何度もそれを繰り返している。近づいて行って「俺が投げてみましょうか?」と言おうかと思ってやめた。

自然は人に平等に接する、と思う。でも人の方は、自然の中にいても頭の中に人の世を持っている。


一見穏やかに見える自然の営みも、それは静かな闘いの連続だろう。生きてそして死ぬことの中にごく当たり前に闘いがある。生きる者は理由もなく生きることを望み、必要なだけ闘い、必要なだけ生み、そして殺す。人の世もまた闘いの連続であることは、ごく自然なことでもあろう。

人の世に戦争がある。一枚の花びらが地に触れるこの瞬間にも戦争で人は死ぬ。遠くから花見客の笑い声が聞こえる。

敷物の上で弁当を食べる家族の中に赤ん坊がいる。母親の膝に寄りかかりながらしきりに手足を動かしている。穏やかな日差しが射す木陰でごきげんなのだろう。落ちてきた花びらを口に入れようとして母親から取り上げられている。


すぐ近くで戦争が起きるかも知れない。起きないかも知れない。ここにも戦争は降るかも知れない。降らないかも知れない。その結果を変えるために今何かできる人はほとんどいない。だがそこにその意思が関わっていないとも言えない。何かをすべき時は過ぎ、その時の経過の先に現在がある。喉の奥が少し詰まるような気がする。

昔の戦争に出征した人の肩にも花びらは舞い降りただろう。いつか戦死した人にも、いつか誰かを殺した人にも、いつか無抵抗に殺された人にも、桜の花は咲き、花びらが触れたのだろう。


再び風が吹く。風が花びらで満たされるさまに目を奪われた後、私は目を閉じた。

瞼の向こうに光を感じながら私は思う。この瞬間も自然は変わっていく。創られ、変化し、他のものに姿を変える。人もまた生まれ、変わり、死ぬ。不必要な闘いがあり、不必要な殺戮がある。しかし人の世もまた変わっていく。目を開いたとき前と同じものなど一つもないのだ。

目を開いて立ち上がる。思い切り息を吸う。世界は変わる。色を溜め、花を咲かせ、いつか散る。そしてまた次の花が咲く。その花はもう去年の花ではない。出来ることは、必要なだけ闘って生き、そして死ぬことだ。

肩に降りた花びらを払う。

生きる意味などもともとないが、生きなければならない理由はある。

帰ろう。


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