ミッキーマウスは強い。俺もたいがい強いが、ミッキーはもっと強い。
若い頃しぶしぶ東京ディズニーランドを訪れた日、俺は初めてやつに会った。ディズニーランドなんかに行けるか!とハードボイルドを気取っていた俺は、彼女にせがまれて簡単にOKしたのだった。彼女のことが大好きだったのである。
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あの夢世界への門をくぐった俺は、どんな顔をしてよいかわからず、またハードボイルドな顔に戻っていた。
明らかなヤンキー野郎が近づいてくる。こちらは眉間に皺を寄せてそいつを見てみると「シャッターいいっすか?」とにこやかである。下界なら何がしかトラブるような相手だ。
しかし彼女がすかさず返答する。
「いいですよー。私たちも撮ってもらっていいですか?」
「はい!どうぞどうぞ、もちろんっす。」
仕方なく俺がカメラマンをやる。
「えっと…撮るぞ。」
彼女が言う。
「はいっチーズ、って言うんだよ?」
「ちっ、言わねえし。」
俺はその後3組のヤンキーカップルの写真を撮ることになる。
そうか、ここは夢の国か…。俺は気持ちを切り替えた。
混雑が嫌いな俺に気を遣って、彼女は行列の少ないアトラクションを次々と選ぶ。
俺は、イッツアスモールワールドで「ララランランラン♪」陽気に歌ってみせ、魅惑のチキルームではガッカリ感にポカンと口を開けていた女子中学生たちを巻き込みオウム達にスタンディングオベーションをした。
彼女のことが大好きだったのだ。
しばらく歩いていくと彼女が叫んだ。
「あっ!ミッキー!」
おどけた動作で手を振る奴がいた。テレビなどで何度も見ているただのミッキーマウスである。
彼女が一緒に写真を撮りたいと言う。仕方ない。俺は彼女が大好きなのだ。
写真にはミッキーを挟んで、ぴったりと抱き寄せられた彼女と、微妙な距離をとって間抜けな顔をした俺が写った。
その時のミッキーは、おどけていて、それでいてスマートで、鼻をピクピクと動かし、とてもフレンドリーだった。どこかで見たミッキーそのものだった。
俺はその日、彼女の前で何度もミッキーの身振りを真似た。彼女はそれをいちいちキヤッキャッと喜んだ。
俺はこの時、そのうち奴と対決することになるとは思ってもいなかった。
時は流れ、俺はとある会社の中間管理職になり、都心部にあるいくつかの事業所の責任者を兼任していた。
毎年の恒例行事として、都内各事業所の顧客を招待したパーティがある。その年は東京ディズニーランド近くのホテルが会場となった。
その年はサプライズゲストとしてミッキーマウス達が登場することとなった。顧客には若い女性が多かったのだ。
それなりの費用がかかる。また、契約条件は厳しく定められてて、開始・終了の時間も厳守である。どちらが客なのかわからないぐらいだ。
俺はそれだけの価値があるのか半信半疑だった。
パーティの当日、いくつかのプログラムが消化された後、会場が暗転した。
「今日は~みなさんの大好きな方が~サプライズゲストとしていらっしゃっています!!ミッキ…」
舞台にスポットが当たった瞬間、会場は大混乱となった。
「キャー、ミッキーだ!ミッキーよ!」
「ぎゃわいい!みっぎぃーぎゃーー」
会場にぎっしり入っていた客が、舞台前に殺到した。
俺はガラガラになった後ろの方のスペースで唖然としていた。前の方では着ぐるみに夢中な女子たちが我を忘れてはしゃいでいる。奴の実力は俺の想像を遙かに超えていたのだ。
「皆さま-、テーブルにお戻りください。ミッキーたちが各テーブルにご挨拶に伺います。シャッターチャンスですよー。」
地響きのような歓声が上がる。
「お時間の関係で、すべてのテーブルをまわることはできませんが、ご了承くださいねー。」
はい?
すべてのテーブルをまわれない?そんなこと聞いてないぞ。確かに俺は奴らとの交渉には噛んでないが、そんなこと誰が認めたんだ?金の節約か?馬鹿め! !
そう思った俺は、しかし気持ちを切り替えた。
自分の事業所の客のいるテーブルになんとしてもミッキーを誘導しなければならない。ドナルドではダメだ。ミッキーだ。
しかし、奴らのルートは細部まで決められていた。俺の事業所のうち2つには回ってくるが、1つには来ない事がわかる。ダメだ!なんとしても連れて来なければ。
わかっている。契約だ。現場で融通が利かないのもわかっている。でもダメだ。
ミッキーに近づく。
「こっちきてくれ!ミッキー!!こっちこっち!来て!来いよ!!」
奴はふり向きもしない。俺はミッキーに手をかけようとする。
その瞬間、何かでかい岩のようなものが目の前に立ちはだかった。
ガードマンである。すごくでかい。レスラーか?スーツを着て、インカムをつけ、無表情にこちらを見て首を横に振っている。良く見たらレスラーは何人もいる。俺はすっかりミッキーから遠ざけられた。
「たのむよ?ね?こっちきて?」
「だめです。」
「いいだろ?たのむよ!」
「出来ません。」
「テメエこの野郎、こっち来いっつってんだよコラぁ!#%&#@!?;*…!<」
しかし、俺もサラリーマンである。手を出さないことはもちろんだが、このセリフも周囲の客に聞こえないように素の7分の1位に声を抑えている(つもりである)。
「だめです。」
岩は動かない。何よりその無表情が相手を諦めさせるに足る冷徹さを持っている。
強い。
そして、傍で起こるこのトラブルを察知しつつも、いつもの動きを寸分の隙もなく行うミッキー。
すごく強い。
仕方ない。俺は作戦を切替え、他のテーブルにミッキーがまわったときに、自分のお客たちをそこに滑り込ませることにした。
「行けええええぇぇ!」
お客に対してなのに、俺はそんな号令をかけ、彼女たちは猛ダッシュでミッキーを取り囲む。俺は夢中でシャッターを切った。
程なくエンターテナー達は、予定の演技をこなし切り、時間通り会場を去った。
俺は汗でぐしょぐしょになり、すぐにハンカチも使い物にならなくなった。お客の一人が「ありがとう。頑張ってくれて嬉しかったです。」とハンカチを差し出した。
思えば、俺は間違っていたのだろう。奴は契約を守ったに過ぎない。それに引き換え、俺は契約を無視して奴に無理強いをしようとした。モンスターカスタマー。
自分のお客のことしか考えていなかったのである。俺にとって奴ははミッキーマウスではなく、金を払って雇った着ぐるみだったのである。
でも、奴はミッキーマウスそのものだった。そして、トラブルに発展しなかったのは、ミッキーと岩の強さのおかげだろう。
奴らには、どんな状況でも契約を守り切る強さがある。すごく強い。
俺は昔からずっとアンチディズニーだ。今でもディズニー関係のものを見るとついdisってしまう。
しかし、今まで10回近くディズニーランドに行っている。大好きな人にせがまれたら拒めない。
「今日はどこに行くんだっけ?」
「東京ディズニーランド!!」
「え?ちがうよ、東京ダズニーランド板橋だよ。」
「え…、なんだよ、聞いたことないよ。だます気かよー。」
「いや、東京ダズニーランド板橋も楽しいよ?」
「ほんと?ミッキーはいる?」
「いない。でも三木マスオはいるよ。」
「三木マスオ?だれそれ。日本人?」
「うん、日本人。」
リンク:三木マスオ | 赤塚不二夫公認サイトこれでいいのだ!!
少し悔しいので、板橋通過中に口から出まかせのダズニーランドをでっちあげ、この機会に敬愛する赤塚不二夫の三木マスオを教えた(みんなにも知ってもらいたいキャラである)。
意外と好評ですぐに鼻歌が始まる。
「♪とうきょ~♪だずにーらーんど♪イタバシ!」
ちなみにこの記事は、これらの記事にインスパイアされて書いた。ほぼ実話である。