45 For Trash

しごうするのか、されるのか。

[書評]絵本『えんとつ町のプペル』を虚心に読んだ感想(ネタバレあり)

今日は、にしのあきひろ(キングコング西野)著『えんとつ町のプペル』の感想です。

と言っても、私はこの絵本を読みはしたものの購入していません。購入していない本の書評を書くのは大変気が引けますが、現在、この絵本は西野さんご自身によって無料公開されていますので恐らくお許し頂けるのではないかと思います。

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キングコング西野さんに関する話題はネットで少し目にしたことはありますが、個人的には特に関心がなく、またこの『えんとつ町のプペル』にも関心はありませんでした。ただ、昨日はてなブックマークでホッテントリ入りしていたので覗きに行ったら、つい最後まで読んでしまったので、西野さんに対する知識がほとんどないうちに、軽く感想を書くことにした次第です。

尚、これ以降は、あらすじ等ネタバレだらけですのでご注意ください。

あらすじ

あらすじ紹介としては少し詳細になりましたが、今回は物語に入っている要素をできるだけくまなく取り入れる形で書いています。あらすじを読んでも情緒は感じられないので、すぐに読める先ほどの無料公開のものをご覧頂くのが早いとは思いますが…。

えんとつ町の住人は煙に閉じ込められ星を知りません。ハロウィンの日、配達屋が空から町に落としてしまった心臓にゴミがくっつき汚くて臭いゴミ人間が生まれます。

ハロウィンの仮装をしたこどもたちと仲良くなれたかと思ったのも束の間、ゴミ人間はバケモノと蔑まれはじめ、またたく間に町中の嫌われ者になります。

ある日、ゴミ人間はえんとつそうじ屋の少年ルビッチと出会います。漁師だったルビッチの父は町のルールに反して海に出て死んでしまっていました。ルビッチはゴミ人間のニオイになぜか懐かしさを感じ、彼をプぺルと名付けて毎日体を洗ってやるようになりました。

父の写真の入ったペンダントを落としたことのある煙突の上で、ルビッチは父が煙の上の「ホシ」を見たと言っていた話をします。誰もがそれを嘘だと言う中で、父は「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」そうすれば星は見える、とルビッチに伝えていたのでした。

ある日、ルビッチは他の子供たちに囲まれプペルの汚さを咎められます。ルビッチはプペルと二度と会わないことにしました。

ひとりになりボロボロになって自分の死が近いことを悟ったプペルは、ある夜ルビッチを訪ねます。浮かぶ風船をむすんだ船で煙の上に出て、二人で「ホシ」を見るのでした。ルビッチは父がうそつきでなかったことを知ります。

死を目の前にしたプペルは、密かに探し続けていたルビッチのペンダントが自分の脳ミソだったことを伝え、それをルビッチに返して別れを告げようとします。でも、ルビッチはそれを止め、これからは毎日会おうと提案します。喜んだプペルの照れた仕草はルビッチの父の仕草そのものでした。

ゴミ人間プペルの心臓は、ハロウィンに帰ってきたルビッチの父の魂だったのです。

感想

絵本において、絵とストーリーは切り離せないものだと思いますが、絵本と呼ばれるものの中には、ストーリーが中心で絵は挿絵代わりのような存在であるもの、絵を眺めていれば十分満足できるもの、絵だけ追って行けば自然とストーリーを感じ取れるもの、それぞれです。別に何が正解だというわけではないと思います。

『えんとつ町のプペル』は、比較的ストーリー重視の絵本で、もちろん絵も相当に描き込んであるのですが、どちらかというと説明的な絵ではあります。そこで、あまり正当ではないかも知れませんが、ストーリーと絵に分けて感想を書き、それらを合わせた感想も書こうと思います。

ストーリー

変化や成長のないストーリー

ストーリーにあまり「詩情」のようなものはなく、どちらかというと論理的というか、ある一つの結論に向けて材料を散りばめておいて収斂させていく、というタイプのお話です。

テーマはその気になればいくつも拾えますが、肝となる部分は、ルビッチのお父さんの「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」という言葉でしょう。

町では異質な存在であるプペルは、皆に嫌われ、蔑まれ、いじめられますが、誰かを恨んだりはしません。仲良くなったルビッチが離れていっても、人知れずルビッチの大切なペンダントを探し続けます。そして、自分も見たことのない「ホシ」を信じルビッチを連れてついに「ホシ」を見ます。プペルは「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」をひとり体現している存在です。そしてこの姿そのものが作者の主なメッセージなのでしょう。

ただ、個人的にこのストーリーの難点だと思えるのは、プペルは結局お父さんの帰ってきた魂からできているので、お父さんの言葉を体現しているのは当然だった、と感じるところです。うまく収まった話、ということも言えますが、一番大切なことは、お話の始まりから終わりまでの間に、何も変化していないということです。お父さんの信念をお父さんが実現する話になってしまっているのです。

ルビッチが他の子供たちと違ってプペルに最初から親しみを見せたのも、プペルにお父さんの懐かしい匂いがしたからであって、ルビッチが他の子供とは異なる心根を持っていたと思わせる描写はありません。さらにルビッチは他の子供たちに言われて簡単にプペルから離れていきます。そこには特別な葛藤も見られません。

つまり、「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」という姿勢について、ルビッチにはそれに対する努力も葛藤もなく、この姿勢を貫いているのはお父さん=プペルだけなのです。

ひいき目に見て、父が子に大切なことを伝えるストーリーとして読むこともできるでしょうが、そうだとしても、半信半疑だった父の言葉について、父が蘇って「お父さんの言っていたことは本当だろ?」と証明してみせて子供が喜んだ、という話に過ぎず、そこの子供の主体性はまったく見られません。

もちろん、それで十分だと感じる方もいるでしょうし、それならそれでよいとは思うのですが、私個人としては、何も変化をもたらさなかったこのお話の顛末に、何か感じるものがあったとは言えませんでした*1。子供が変化すること、失敗すること、正直だったり嘘をついたりすること、成長することが面白いと思うのですけどね。

信じるということ

繰り返しになりますが「信じぬくんだ。たとえひとりになっても」という言葉は、この絵本の重要なテーマでしょう。このストーリーの中で「信じること」が向けられているのは、主に「煙の向こうには星がある」ということですが、他にもそれに関わりそうな要素はちりばめられています。

人々がいつも見ている空は空の全てではなく、もっと美しいものが潜んでいるということ。プペルが好意と信念に満ちている存在であるのに、外見は汚く醜く臭いということ。常識にとらわれず自分の好奇心に従って海に船を出す父。普通なら無理だと思えるペンダント探しを大切な人のために続けるプペル。

これらは材料としては散りばめられているけれども、ストーリーの中では触れられているだけで、そのことと向き合う人の姿はあまり描かれていません(ペンダント探しについてはストーリーと関わっていますが)。中でも、プペルが「ゴミ」人間であることについては、そのことときちんと向き合い、プペルの中身を見てプペルに好意を示す人の姿、そうでなくてもそれへの葛藤が描かれていないのは、かなり残念なことに思えます。

「信じぬく」ことは大切だけど簡単なことでもない、という葛藤そのものが描かれていないことが、このストーリーを深く感じられない原因なのかな、と思いました。もちろん、これは「信じる」ということのそれぞれの捉え方次第なのですけどね。

既視感

何よりも大きいのは、「どこかで見たことのあるような話」という部分でしょうか。

例えて言えば、劇場版ドラえもんを見に行ったら、どこかで見たことのあるハリウッド映画やアニメの話の展開やテーマを、ドラえもんの登場人物を使って見せられているだけ、と感じるのに似ています。それは恐らく、大きく外すことのないストーリー、という興行的な事情もあるのでしょうし、この絵本についてもそれはあるのかも知れませんね。そうじゃないかも知れないけど。

"プスーハッハ"、"ふうふうふう、ふうふうふう" といった擬音のようなものも、どうしても取ってつけたように感じます。別にもっと捻りのない"プハー"でも"ふー"でも良いのですが、話の展開の中でその擬音が出てきて強調される意味があまりないというか、必然性がないというか、面白さがない。擬音のようなものは絵本においては結構大事で、表面的な工夫ではなく、お話の流れの中でもうちょっと大事に扱っても良いのかなあ、と思いました。

ちなみに私は、昔からアンチドラえもんなのですが、それでもやむを得ず見に行った劇場版ドラえもんで何度も泣きました(笑)。『STAND BY ME ドラえもん』なんて*2、ストーリーも全部知っているのにポロポロ泣けちゃいました。否が応でも触れざるを得ず、知らず知らずに親しみを持っているドラえもんと「お別れなの?」と思うだけでヤバイ。既に親しみがあるキャラならそういうもんです。

でも、そういうチョロイ私でも、残念ながらこの絵本の登場人物には思い入れが持てなかったので、そういう心の動きもありませんでした。やはりキャラに思い入れがない人間の心を動かしたければ、キャラに感情移入できるストーリーの仕掛けや描写が必要なのですよね。

絵について

絵は描き込まれています。私はネットで無料公開されたものしか見ていないので、実物の絵本を見たらもっと感じ方は(良い意味で)違うのかも知れません。

技術的な評価にあまり意味はないと思いますし、それをする能力もないので触れません。それに絵については多分に好みによって評価はわかれるでしょうし。そもそも絵本は、「絵が好き」というだけで手に取りたくなるものですし、どんな絵本を手に取りたくなるかは人それぞれですものね。

私個人の感想を言えば、風景などの描写は特に嫌いではありませんが、人物・キャラクターの特にアップについては、あまり好きなタイプの絵ではありませんでした。

また、先にも述べたように、絵がストーリーを説明する、と言った割り切りで描かれているようで、たとえて言うなら、幼児向けのディズニーの絵本がアニメーションからワンシーンをキャプチャしたような印象を受けるのに似ている感じです。とはいえ、こういうタイプの絵本は多々あるので、そちらの方が好きな人も多いでしょうね。

とはいえ、特別な個性を感じる絵でもないと私は感じました。

大人にも子供にも…

絵本がどんな読者を対象としているのかを論じるなんて野暮だとは思うのですが、個人的には大人にも子供にも薦めにくいなあ、というのが正直なところです。大人向けとしては、テーマそのものも、テーマの扱い方も、深みがあるとは言えず、心の中に潜んでいる感情を引き出してくれるとか、新しい発見があるとか、考えるきっかけをくれる、といった期待はできない感じです。

もちろん、絵が気に入る人もいるでしょうし、こういうストーリーが丁度良いと感じる人がいるであろうこともわかるのですけどね。

幼児に読んで聞かせてもきっと途中で話に飽きるでしょう。絵は細かい部分を親が色々肉付けして話せば面白がる可能性もあるとは思います。小学校低・中学年程度であれば、ストーリーそのものに自分の想像力を付け加えて楽しく読める可能性もあるのかも知れませんね。

最後に(絵本はいいもの)

キングコング西野さんについても、絵本『えんとつ町のプペル』についても、ほとんど事前の情報、印象がないままにいきなり読んでみた結果ですが、辛口の書評となってしまいました。

はてな内ぐらいで少し見たところですが、その宣伝手法などに賛否があったり、西野さん自体への好き嫌いとか、色々あるみたいですが、正直私自身は興味がありません。ただ、『えんとつ町のプペル』は発売以来売れ行きは絶好調、無料公開後もまた伸びているみたいなので、商業的には成功なのでしょうね。それに、西野さんが芸人の枠にとどまらず色々なことにチャレンジされるのもおもしろいと思います。

ただ、そういうことと、絵本という作品の価値は全く別のところにあり、私としては他の情報とは関係なく、絵本そのものを虚心に評価したつもりです。2000円が払えない小学生じゃないのに、買わずに書評しちゃってすみません。


えんとつ町のプペル

尚、私は絵本好きです。子供向けの絵本も、大人向けの絵本も、そのどちらとも言えるようなものも好きです。自分で読むのも、読み聞かせをするのも好きです。上野にある国立国会図書館国際子ども図書館は、古いロシアの絵本や、現代のアフリカの絵本などまで揃っていて、なおかつ建物や庭も気持ちのいい、私の大好きな場所の一つです。

https://www.kodomo.go.jp/www.kodomo.go.jp

絵本の価値というものを一律に決めることもできないでしょうが、私個人としては、文だけでなく絵だけでなく、その双方が相まって迫ってくるようなタイプの絵本が好きです。子供向けには、はっきりとした教訓めいたものが描かれているものが面白い時がありますが、どちらかというと、そういう「意味」をはっきりと掴み切れなかったり、不条理だったとしても、ストーリーのプロセス自体にわくわくしたり、立ち止まってそのシーンをいつまでも見ていたかったり、そのセリフや音を何度も口に出したくなってしまうようなものが好きです。

たとえば有名な『三びきのやぎのがらがらどん』。これを読み聞かせるのは最高に面白いですよ。やりすぎると怖がられますが、怖いけど何度も読みたい、という子供の葛藤を見ることができるはず。


三びきのやぎのがらがらどん (世界傑作絵本シリーズ)


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*1:もちろん、ストーリーには必ず変化が必要というつもりはなく、逆に何も変化しないということを描き切る方法もあるでしょうが、この作品とはあまり関係はありませんね。

*2:他の劇場版とは毛色が違う元のドラえもんに忠実ですけど。

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