2016年12月15日、16日に日ロ首脳会談が行われました。その内容については多くの報道があり、また評価についても色々あるようです。それについても言いたいことはあるのですが、今回は首脳会談前あるいは首脳会談後に行われた共同記者会見におけるロシアのプーチン大統領の、日本に対する失礼とも思える発言について考えてみたいと思います。殴り書きなので後日加筆修正するかも知れません*1。
(かなり長文です。太字部分だけ拾い読みすれば概略はわかるかも知れません。)
Photo credit: Abode of Chaos via Visual Hunt / CC BY
日本に対する失礼な発言?
読売新聞、日本テレビのインタビューにおけるプーチン大統領の発言
プーチン大統領は日ロ首脳会談直前に読売新聞、日本テレビとのインタビューにおいて次のように発言しています。
しかし、日本が(米国との)同盟で負う義務の枠内で、露日の合意がどれぐらい実現できるのか見極めなければならない。日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。我々は何を期待できるのか。最終的にどのような結果にたどり着けるのか。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20161214-OYT1T50007.html
(太字は筆者)
「日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。」
この発言は主権国家に対する発言としては失礼極まりないもののように思えます。日本は主権国家として対外的独立性を有しており、その意思決定にあたって他国のいかなる干渉を受けることはないはずだからです。プーチン大統領のこのような発言は、日本に主権が存することについて疑義をさしはさんでいるように聞こえます。
もちろん、字面だけで言えば、「同盟国であれば互いに負う義務があるのであり、アメリカも日本も互いに配慮しながら外交決定をしなければならない」という当然のことを言っただけでは?と考える人もいるかも知れませんね。もう少し見ていきましょう。
日露首脳共同記者会見でのプーチン大統領の発言
会談前の牽制発言だけかと思いきや、首脳会談後の共同記者会見においても、記者からの質問に応じる形で次のように述べています。
もちろん、多くの課題ははあります。まず経済活動の問題もありますし、安全保障の問題もあります。1956(昭和31)年に、ソ連と日本はこの問題の解決に向けて歩み寄っていき、「56年宣言」(日ソ共同宣言)を調印し、批准しました。 この歴史的事実は皆さん知っていることですが、このとき、この地域に関心を持つ米国の当時のダレス国務長官が日本を脅迫したわけです。もし日本が米国の利益を損なうようなことをすれば、沖縄は完全に米国の一部となるという趣旨のことを言ったわけです。
私がなぜこのようなことをお話しするのか。私たちは地域内のすべての国家に対して敬意をもって接するべきであり、それは米国の利益に対しても同様です。これは明白なことです。
例えば、ロシアには(極東)ウラジオストクと、その北に大きな艦隊の基地があります。わが国の艦船は(その港から)太平洋に出ていく。私たちはこの面で何が起こるかということを理解しなければなりません。
この点において、日米の特殊な関係と、日米安保条約がどのような立場を取るのか。私たちは分かりません。【日露首脳共同記者会見詳報(4)】プーチン大統領「一番大事なのは平和条約の締結だ」(3/5ページ) - 産経ニュース
【日露首脳共同記者会見詳報(4)】プーチン大統領「一番大事なのは平和条約の締結だ」(4/5ページ) - 産経ニュース
(太字は筆者)
ここでは過去の米国国務長官の発言を指して「脅迫」と言い、「もし日本が米国の利益を損なうようなことをすれば、沖縄は完全に米国の一部となるという趣旨のことを言った」としています。日本は米国に脅迫されて米国の利益に従ったのだと言っています。さらにそれは「日米の特殊な関係」として現在も続いているのだという認識を表現しています。
「私たちはこの面で何が起こるかということを理解しなければなりません」という発言に至っては、日本と交渉するだけでは「何が起こるか」を理解できないと言っているのも同然です。
繰り返しますが日本は主権国家として対外的独立性を有しており、アメリカなどの他国からの干渉なしに自分たちの意思を表明できるはずです。仮に北方領土が返還されたとして極東の軍事バランスに対して日本がどのような行動を取るかは、日本自らが独自に決定できるはずです。にもかかわらず、当の日本と交渉しておいて「何が起こるか」理解できないと発言する。これは、「日米の特殊な関係」の下では、日本の領土内における事柄についても日本と交渉しているだけでは明らかにならない、と言っているとしか思えません。
このような発言は、日本が主権国家であることを前提にすれば、非常に侮辱的な発言に思えます。もっとも、映像を見る限り安倍首相はにこやかな表情を崩していませんでしたが。
日ロ首脳会談直前のロシア側の発言
しかし、プーチン大統領、ロシア側がこのように考えていることは想像はできました。例えば、首脳会談直前にはロシア側からこのような発信がありました。
「日本は、ロシアから島を受け取ったら、米軍基地を置くかもしれない」
ロシアの主要メディアは日ロ首脳会談直前の14日、谷内正太郎・国家安全保障局長が11月にパトルシェフ安全保障会議書記に対して「(米軍基地を置く)可能性はある」と述べていたという、同日付朝日新聞の記事の内容を一斉に報じた。国境に米軍が迫ることへの根強い警戒感が浮き彫りになった。
ペスコフ大統領報道官も「大統領が言っている通り、私たちは日本との間の困難な問題を検討する際に、日本が(米国の)同盟国として負う義務があることを無視するわけにはいかない」とわざわざコメントした。
上の記事に挙げられている朝日新聞の記事は次のものです。
そんな楽観論は11月に入って後退した。
同月上旬、モスクワ入りした谷内正太郎・国家安全保障局長は、ロシアのパトルシェフ安全保障会議書記と会談。複数の日本政府関係者によると、パトルシェフ氏は、日ソ共同宣言を履行して2島を引き渡した場合、「島に米軍基地は置かれるのか」と問いかけてきた。谷内氏は「可能性はある」と答えたという。
日本の主権下であれば、日米安全保障条約が適用される。谷内氏の言葉は、日本政府の立場として「当然の回答だった」(日本政府関係者)。
ロシアからの質問は、「島に米軍基地は置かれるのか」というものです。自衛隊の基地に関する質問ではありません。これもまた失礼な気がしますがそれはさておき、日本側の回答は「可能性はある」というもので、「置くつもりだ」、「置くつもりはない」、「日ロの交渉次第だ」という回答ではありません。
米軍の基地のことなので、アメリカの意思がどうなのかが問題になるのは当然ではありますが、仮に北方領土が返還されればそこはまさに日本の主権下にある領土です。アメリカが基地を置くつもりがないなら問題にならないことはもちろん、基地を置くつもりでも日本が断れば済むはずのことであり、それは日本が独自に決定できるはずのものです。政権自らが作り上げた北方領土返還の機運だったとしても、そのような中にあって外交交渉として「可能性はある」という回答をするのはなぜなのでしょう。
プーチン大統領は北方領土問題について日本を当事国として扱っているのか?
これら一連のロシア、プーチン大統領の発言を見ると、まるで北方領土返還に関する外交交渉の当事者適格を日本に認めていないかのようです。
もちろん、ロシアは北方領土を返還するつもりなどさらさらないのかも知れません。北方領土問題は単なるエサで、経済協力や投資を引き出すための手段に過ぎないという見方もあるでしょう。しかし、そうだとしてもここまでの発言をする必要があるのでしょうか。
日本の首相を横に置いて、「日本は自分たちだけで物事を決められないだろう?誰かの言いなりじゃないのか?」などと言っても、日本の首相や日本国民は怒らないと思っているのでしょうか?
………
どうやらプーチン大統領の読みは正しかったようです。共同記者会見でのプーチン大統領のこのような発言の後も安倍首相はニコニコしていました。器が大きいんでしょうか?加えて、どうも日本国民も首脳会談の成果に対する意見は色々あるとはいえ、プーチン大統領に対して怒っている人はあまりいそうにありません。
なぜなのでしょう。
プーチン大統領の発言に対して、ロシアの利益のために自分たちの主張を一方的に展開しているだけだ、と考える人も多いでしょう。でも、「おまえの国って主権国家だとか言えないんじゃね?」という発言は、外交交渉の一方当事者の一方的な主張でおさまる話ではありません。主張の違いではなく、「おまえって当事者じゃねえじゃん」「おまえってガキの使いだと俺は思ってるんだけど、土産をくれるから相手にしてやる」ぐらい言われている気がしなくもないんですが。
なんで怒らないんですか?公然と侮辱されているのに?
日本の主権国家としての対外的独立性
これほどの事を言われてもニコニコしているなんて、本当に度量が大きいと思います。友好関係が確立していない他国、国益が激しく衝突しているロシアに、ここまで言われても黙ってニコニコしている…。そんな国、他にはないかも知れません。
それとも、馬鹿にされていることに気づいていないのでしょうか?
アメリカの意向に従ったり忖度したしたりする外交交渉以外、日本人はもう考えられなくなっていて、当たり前過ぎるのでしょうか。しかも、自国の領土のどこに何を置くかなんて、外交交渉でもなんでもなく、完全な内政の問題ですが、そこを「自分で決められないだろう?」と言われても何も感じないのは、自分たちで決めなくても良いということなのでしょうか?それとも、自分たちで決めているつもりなんでしょうか?
でも自分たちで決めているつもりなら、こんなこと言われて抗議しないなんてあるでしょうか。
日米安全保障条約・日米地位協定と在日米軍基地
日本が主権国家であり、プーチン大統領の発言は全く事実と異なる妄言だとするなら、日本としてこれには毅然と抗議すべきでしょう。
一方で、プーチンの指摘が的外れでないとしたらどうでしょう。実際、アメリカの許可なしに独自の外交を行えないとしたら?
あらゆる問題について検討すると膨大になりすぎるので、ここでは、仮に北方領土が返還されたとして、そこに米軍基地を置くかどうかについて、日本は独自に決められるのかどうかを見てみようと思います。
日本に米軍基地が置かれている根拠となっている、日米安全保障条約、日米地位協定にあたってみます。
日米安全保障条約 第六条
米軍基地が日本国内にあることの根拠は、日米安保条約第六条にあります。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約 第六条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。
(太字は筆者)
ここでは、日本国内において施設及び区域を使用できることを規定、つまり基地等のアメリカ軍施設を日本国内に置くことができることを規定しています。その具体的な施設や区域について限定するような規定はなく、理屈の上では日本の全土について基地を置くことができるものとなっています。
ただし、これについては「別個の協定及び合意される他の取極」によって規律するとしています。その主なものは次の日米地位協定です。
日米地位協定 第二条
日米安保条約第六条を受けて、米軍が日本国内の施設及び区域を使用することについて定めているのは日米地位協定第二条です。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日米地位協定)第二条
1(a) 合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。「施設及び区域」には、当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む。
(中略)
2 日本国政府及び合衆国政府は、いずれか一方の要請があるときは、前記の取極を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。
(太字は筆者)
ここでも具体的な区域や施設の限定はされておらず、合同委員会で決めることとだけ規定されています。ちなみにこの日米合同委員会の議事は非公開で、議事録も日米の合意なしには公開されません。
いずれにせよ日本全土が基地提供の対象となることを前提に、具体的には非公開の合同委員会を通じて決めるものとなっている、ということですが、これだけでは今一つわかりにくいところもあるので、次の『日米地位協定の考え方』という文書の内容を見てみます。
『日米地位協定の考え方』
この『日米地位協定の考え方』というのは、外務省の内部文書で外務省職員向けに作成された日米地位協定の逐条解説書のようなものです。表紙に「秘 無期限」の指定印があるもので、かつて琉球新報がスクープし紙面に全文掲載したものですが、外務省は正式にはこの文書の存在を認めてはいません。ただし、個別に外務省(元)幹部職員ら*2がその存在を認めてもいます。
この『日米地位協定の考え方』にいて、日米地位協定第二条について解説されているのは次の部分です。少し長いですが引用します。
日米地位協定の考え方 日米地位協定第二条に関する解説部分(原文10ページ以降)
1 第二条1項(a)は、米側は、安保条約第六条に基づき日本国内の施設・区域の使用を許されること及び個々の施設・区域に関する協定は、合同委員会を通じて日米両政府が締結しなければならないことを定めている(第一文及び第二文)が、このことは、次の二つのことを意味している。第一に、米側は、わが国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められていることである。第二に、施設・区域の提供は、一件ごとにわが国の同意によることとされており、従って、わが国は施設・区域の提供に関する米側の個々の要求のすべてに応ずる義務を有してはいないことである。地位協定が個々の施設・区域の提供をわが国の個別の同意によらしめていることは、安保条約第六条の施設・区域の提供目的に合致した米側の提供要求をわが国が合理的な理由なしに拒否しうることを意味するものではない。特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢及び当該施設・区域の機能を綜合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行なうことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである。(注10)
(注10)かかる判断について、常に日米間に意見の不一致がありうるとすれば、単に施設・区域の円滑な提供は不可能であるばかりでなく、わが国が自国の安全保障を米国に依存することの妥当性自体が否定されることとなろう。
以上にも拘らず個々の施設・区域の提供につき米側がわが国の同意を必要とするのは、場合によっては、関係地域の地方的特殊事情等(例えば、適当な土地の欠除、環境保全のための特別な要請の存在、その他施設・区域の提供が当該地域に与える社会・経済的影響、日本側の財政負担との関係等)により、現実に提供が困難なことがありうるからであって、かかる事情が存在しない場合にもわが国が米側の提供要求に同意しないことは安保条約において予想されていないと考えるべきである。(注11)
機密文書「地位協定の考え方」
(太字は筆者)
この解説内容は前半でごちゃごちゃ言っていてわかりにくいです。というより屁理屈的な論理展開ですね。ただ要約すると次のようになります。
- アメリカ側は日本国内であればどこでも施設・区域の提供を求める権利がある。
- 日本側にはアメリカ側の要求に対する同意の権利はあるが、合理的理由なしに拒否はできない。
- アメリカ側の要求の要否(日本側が拒否する合理的理由の有無)を個別に判断することは困難である。
- 日米安保条約は日米間に基本的な意見の一致があることが前提である。
この解説を見ると、さすがに日本側に「同意の権利がない」とは内部的にも言えなかったものと思われますが、その結論は、日本側は個々の判断を放棄するというものとなっています。結果的には同意の権利がないのと何ら変わりませんが、官僚の考える文書とはこういうものなのでしょう。
この抜粋部分の最後には、今回取り上げたテーマにぴったりの記述があります。
(注11)このような考え方からすれば、例えば北方領土の返還の条件として「返還後の北方領土には施設・区域を設けない」との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる。
機密文書「地位協定の考え方」
(太字は筆者)
この『日米地位協定の考え方』では、返還後の北方領土に米軍基地を置かないということを日本は単独で決定することはできない、それを行えば、安保条約・地位協定に反する、と明記しています。
谷内国家安全保障局長が「可能性はある」と答えたのが「当然の回答」であるのは、外務官僚からすれば当然のことです。この逐条解説に書かれている通り、アメリカが望めば北方領土に米軍基地を置くことは日本は拒否できないのが日米地位協定です。ですから、この「可能性はある」という回答は「アメリカの意向次第だ」と同義であり、またこれは教科書通りの答えなのです。
プーチンは、「日本はどの程度、独自に物事を決められるのか。」と発言しました。北方領土返還後、この地域がどうなるかについて日本と交渉しているだけではわからない、とも言いました。日米安保条約・日米地位協定が上に挙げたような効力を持ち運用されているのであれば、これらプーチンの発言は、残念ながら「図星」なのかも知れません。
自国の領土について自国で決められないということを、ロシアに指摘されているのです。
主権国家としての対外的独立性は為政者の意思ではなく客観的な状態で判断される
日本は今回の日ロ首脳会談で、ロシア側から何度も主権国家としての誇りを傷つけられるような発言をされました。「君たちはちゃんとした主権国家じゃないじゃないか」と何度も言われました。
日米安保条約・日米地位協定を見れば、このロシア側の発言は実は図星なのではないか、ということも書いてきました。
しかし、それでもなお、このロシア側、プーチン大統領の発言は妄言に過ぎない、と考える余地もなくはありません。なぜなら、例えば『日米地位協定の考え方』で日本の外務省官僚がアメリカに恐ろしく都合の良い解釈を共有し、運営しているとしても、それは日本側の意思に基づいて行っていることだ、と言うことも可能だからです。
条約という強力な規範によって強制されているとしても、その条約はそもそも日本が自分たちの意思で締結していることだ、という意味で我が国は主権国家としての対外的独立性を保っている、ということも不可能ではない、と考える向きもあるでしょう。
実際、日本が主権国家であるという前提は、国内において様々な意見があるにせよ、民主的な手続きによって選ばれた為政者が日米安保条約・日米地位協定の維持を表明し続けていることによって保たれている、というのが日本国内における多数の考え方なのでしょう。
しかし、仮定の話として、日本が日米安保条約や日米地位協定の改定を望んだ場合どうなるのでしょう。例えば、明確に日本国土における米軍基地の設置については、日本には許否の自由があるという規定を盛り込もうと要求した場合はどうでしょう。もっと進んで、二国間の軍事同盟ではなく、より多国間での安全保障への切り替えを志向し、日米安保条約を破棄したいと思ったらどうでしょう*3。あるいは、日本は自前で防衛を行うので米軍の駐留はやめて欲しいと申し出たらどうでしょう*4。
アメリカはおとなしく応じてくれるでしょうか。日米安保・地位協定の規範力を担保しているものは何でしょう。国際法でしょうか。それとも日米の信頼関係でしょうか。日本の為政者が進んでこれを支えているという事実でしょうか。日本国民の民意でしょうか。
他国において、その国の意向を反映する形*5で駐留米軍が撤退した例はあります。しかし日本の駐留米軍は日本国民がそれを望めば撤退してくれるでしょうか。
日米安保・日米地位協定、それを基礎とする様々なアメリカの要求に日本が是非もなく応じ続けたり、政府の自治体との調整を待たずして勝手に行動する米軍の行為や、治外法権、日本の経済的負担等々を実現する「強制力」の源泉はどこにあるのでしょうか。自分たちの国に、他国の強力な軍隊を駐留させ、なし崩しに核兵器を持ち込ませ、集中する沖縄の基地だけでなく、首都近くにも他国の軍隊を駐留させる。アメリカはニコニコしながら*6自分たちの武器を「友人」日本の喉元に突き付けている、そのことは、日本国民の意思、日本の為政者の意思がなんであれ、変わらないのではないでしょうか。その在日米軍の存在自体が「強制力」の源泉ではないのでしょうか*7。
まもなくアメリカ大統領に就任するトランプは、大統領選の過程で、日本が駐留米軍経費のさらなる負担に応じなければ米軍を撤退させると発言しました。トランプの1つ1つの発言をまともに取り合う必要はないでしょうが、仮にこの発言が本気だとして*8、日本国民は「行かないで」とアメリカにすがりつくのでしょうか。
日本は主権国家と言えるのでしょうか。アメリカに追随するしかない制度や強制力が存在する状態、これは国民あるいは為政者が望んでいるかどうかは関係ないのではないでしょうか。我々が望まなくてもアメリカは強制し続けることができます*9。
戦後一貫して政権はアメリカとの関係を第一に考えてきました。ただしそれは対等なパートナーシップではありません。そのことを政権担当者が自分の意思だと考えていようとそうでなかろうと、客観的には日本はアメリカの意向を伺わずに(アメリカの関心のある)物事*10を決めることが出来ません。そのことを直視していないのは、日本国民だけなのかも知れません。プーチンでなくても、諸外国から見れば日本はそういう国だと思われているのかも知れません。アメリカの幇間だと蔑まれている可能性すらあります。それは例えば、国連決議に対する日本政府の態度等からも簡単に推測できるからです。
トランプが大統領選挙の過程で、ヘイトとも言える差別主義的な発言を繰り返しても、日本の首相が顔色ひとつ変えずにいち早く握手をしに馳せ参じます。アメリカと同盟関係にある他国、例えばドイツ、オーストラリア等は友好関係を壊すつもりはないとしても、トランプが表現した価値、壊した価値に対する異論をはっきり述べています。日本の首相はなぜそれをしないのでしょう?相手がオバマであれトランプであれ、何も変わらないからではないですか?相手がアメリカだから、それだけではないですか?日本は民主主義国であり、自由の価値を認め、差別を否定する建前を採用している国であるにもかかわらず、それらの価値観はアメリカとの関係では何らの意味もないように見えます。もしも、アメリカがファシズムに染まっても同じ態度を取り続けるのでしょうか?それを支えているのは何でしょうか?
それは日米安保・日米地位協定であり在日米軍ではないのでしょうか?日本国民の意思ではありません。
私はプーチンの発言に腹が立ちました。日本政府が直ちに抗議しないことに非常に情けない気持ちもしました。しかし一方で、プーチンの発言は図星だと私は思います。日本は一人前の主権国家とは言えない。為政者が進んで差し出そうとそうでなかろうと、どちらにせよ日本はアメリカへの追従を強制されているという客観的な状態が存在する。ずっとこれを続けてきましたが、本当に今後もこのままで良いのでしょうか。
日本の誇りとは何か。
表題には「誇り」という感情的な言葉を使いました。日本の「誇り」を声高に叫ぶ人々ほど、アメリカに対して異論を差し挟む人がほとんど見受けられないことから、あえて使ったというところです。
私が今回問題にした「誇り」は、主権の対外的独立性です。自分たちのことは自分たちで決定し、他国の干渉は受けない、ということです。これを「誇り」という言葉に沿うように言えば、我々は自分たちの責任において我々の行動を決定する。他国との信義を大切にし、他国との協調を重視するけれども、我々の振る舞いは間違いなく自分たちの意思に基づくものであり、他国に強制されたり、他国にただ追従するものではない、そのことこそが、国際社会における自国の誇りだ、ということです。
「誇り」は、違う角度で言えば、「自国民の利益」と言うこともできるかも知れません。少なくとも、自国民の利益を他国の下に置いたりはしない*11、そういうことです。
日本では、在日米軍に関する事柄を、日本国民の意思が左右することはありません*12。例えば日本政府が仮に沖縄県民の感情に配慮して米軍にしばらくおとなしくしていてもらいたいと思っても、米軍に言うことを聞いてもらえないのです*13。あるいは、米国の重要な国益に反する可能性にあることを、日本独自に決めることも許されません。
返還後に北方領土に駐留米軍を置かない、と約束する権利は日本政府にはないのです。制度上も事実上も出来ないのです。
このような実態を無視して、日本の「誇り」を語るなんてチャンチャラおかしい、と私は思います。また、プーチンにあれだけの発言をされても平気でいられる首相、政府関係者、マスコミ、いや結局のところ国民はどうかしているのか、と思ってしまいます。
私は、日本は日本国憲法前文に謳われている国際協調主義という原点に立ち、一国偏重ではない多くの諸外国との協調を強化していくべきだと考えていますが、それも何よりも自国が主権国家として他国に対して責任ある態度をとれることが大前提だと考えています。
人によって、どの国と友好関係を結び、場合により軍事的な結びつきを強めるのか、あるいは軍事に関する考え方など、多くの違いがあるかも知れません。しかし、本来であれば、どのような立場に立つにせよ、日本が主権国家としての独立性を確保すべきこと、日本が主権国家としての誇りを有し、これに基づいて行動すべきであることについて、そうそう異論があるとは思えません。 しかし、今の日本においては、きっとこの記事に書いたことは恐ろしく少数意見なのではないかと想像します。
私は、プーチンの発言に対して、客観的事実に基づいて「大統領、あなたの言ったことは間違っています。我々は主権国家として我々自身でどんなことでも独自に決めることが出来ます。返還後の領土の扱いについても当然そうです。先ほどの発言は撤回して頂きたい。」と言える国になるべきだと考えているだけなのですが。そもそも、他国にそんな発言をされない国になるべきだとも思います*14。
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*1:その場合は注記します。
*2:例えば先日(2016.10.7)お亡くなりになった丹波實氏。『日米地位協定の考え方』を書いたと言われています。
*3:ここでは安保破棄の是非については論じません。あくまでも仮定の話です。
*4:ここでは日本の自衛隊の将来や国防に関する将来像については論じません。これもあくまでも仮定の話です。
*5:形式的な意味。実質的にはそうではないとしても。
*6:時々怖い顔を覗かせますが。
*7:友好国に対する物言いとして言い過ぎかもしれませんが。
*8:トランプがよほどのアレでなければ撤退させるなどあり得ないと思いますが。
*9:もちろん、国際世論等の影響はあるでしょうが。
*10:例えば去る10月に国連総会第1委員会で決議された「核兵器禁止条約」の交渉開始の決議に日本は反対しました。
*11:もちろん、為政者の主観においては、他国の下に置くのではなく、為政者個人の利益の下に置いているという場合もあるでしょうが、これは別論。
*12:もちろん細かい点で配慮される部分はあるだろうが、根本的にはとういう意味。
*13:例えば2016年12月13日に墜落事故を起こしたオスプレイの飛行再開について、沖縄県の意向はおろか日本政府の意向は全く考慮されず、政府はただそれを追認するだけでした。なお、日本政府が真に県民感情に配慮するつもりがあるかどうかは別論です。
*14:しかし実際には今回の交渉で決まった「共同経済活動」について、ロシア側は「ロシアの主権の下で行われる」と表明しており、日本は自らが主張すべき主権を自ら制限する国、のようにも見えてきます。