本川達雄という生物学者がいる。東京工業大学名誉教授である。しかしこの先生、ご存知の方もいるかも知れないが、ただの生物学者ではない。歌う生物学者である。
私がこの人を知ったのは確かNHK教育テレビでであったと思う。私は教育テレビが好きで、大人になっても暇な平日休みなどは、教育テレビを見て過ごすことがあるので、恐らく「高校生物」か何かでお見掛けしたのだろう。
Photo credit: NOAA Ocean Explorer via Visualhunt / CC BY-SA
歌う生物学
下は、古い映像であるが、本川先生の持ち味が遺憾なく発揮されている。
ここで歌われているのは、『生き物は円柱形』(1:29~)、『棘皮動物音頭』(5:28~)の2曲である。
『生き物は円柱形』の方では、ひたすら繰り返される「エンチュケッ!」が耳について離れなくなる。歌の後に先生が語る「円柱形が頭にこびりついて離れなくなる」という思惑通りである。
バックコーラスで花を添えているのは研究室の学生さんであろうか。腕を突き上げる様も痛々しいさわやかである。
また、『棘皮動物音頭』では、「一体全体何だねこれは~♪」という恐らく音頭において使われたことのないであろう歌詞が、本川先生の美声によって高らかに歌い上げられている。
それだけで私などは満足なのだが、1番ヒトデ、2番ナマコと、生き物たちを手に取って歌っていた本川先生が、3番への間奏中にウニを発見できず探し回る様と、後撮りしたであろう映像に切り替わるところも楽しい。
喋る時に目を大きく見開く表情、蝶ネクタイ、野外では海風に無秩序になびく頭髪、そしてその本気の歌声が、生物学の楽しさを伝える情熱に満ちている。私は生物学が好きなのだが、生物学が好きでなくても元気をもらえるのではないだろうか。
溶けるナマコ - キャッチ結合組織
楽しいだけではない。私が鮮明に覚えているのは、本川先生がナマコを溶かしてしまう場面だ。残念ながらその映像を発見することはできなかったが、初めて見たときは非常な驚きだった。
ナマコやヒトデなどの棘皮生物はキャッチ結合組織という特殊な結合組織を持っている。この組織の皮の硬さを変化させることで身を守ったり姿勢を制御したりしているそうなのだが、ナマコをゴシゴシと揉んでいると次第にこのキャッチ結合組織の「掛け金」のような部分がほぐれ、皮膚の部分から結合が弱くなり、しまいには溶けてしまうのである(しかも水に戻すと復元するという)。
私はナマコが多く取れる地域で育ったので、魚屋で折り重なるように売られているナマコを良く見た。食卓にもよく出てきたが、私はとても苦手だった。しかし、この本川先生が熱心にナマコをこする映像を目にした時、私は画面に食らいついていた。そして今まで気持ち悪いとしか思っていなかったナマコに、なぜか敬意を感じた覚えがある。
そして、ナマコを手にして説明をする本川先生の姿はまことに楽しそう、少し自慢げであった。
本川達雄先生の著書
さて、この記事を書こうと思ったのは、本川達雄先生の著書が下記のブログで紹介されているのを見つけたからであった。
私は大別すれば文系の人間であるが、学生時代は進化論に関する本などを読み漁った時期もあった。生物学は社会を見る時にも様々なヒントをくれる。
そして、本川達雄先生は生物学を楽しく伝えてきた方である。『ナマコ天国』『ゆうきリンリンアドレナリン』など先生作の歌を探してみるのも良いだろう。『人類進化のうた』はチャート式生物学Ⅱの巻末に掲載されているそうだ。いずれの歌も先生が歌ってくれないとちょっとあれだけども…。
有名な著書には、『ゾウの時間 ネズミの時間』がある。ベストセラーになった本なので、ご存知の方も多いのではないだろうか。