世は『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の公開で盛り上がっているのだろうか。俺は何作かはTVで見たものの何故か印象が薄い。
そんな俺にスター・ウォーズの事を語る資格があるわけもなく、今日は、スター・ウォーズの激しいプロモーションのお陰で思い出したBBくんの思い出を書こうと思う。
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BBくんと初めて会ったのは、高校の音楽室でだった。別々のクラスだった俺たちは、選択科目である音楽の最初の授業で初めて会ったのだった。
当時の俺はやさぐれていて、かなりヤンキー的風貌だった。一方のBBくんはまさにマジメを絵に書いたようなたたずまいである。
痩せていて背がひょろ高く、色白で、銀縁の四角い眼鏡、そして頭がでかかった。制服のズボンの丈は寸足らずになっていた。なんとなく、きゅうりの上にヘタの大きいナスを乗せたように見えた。
名前の関係で、BBくんの席は俺の真後ろだった。
俺が現れると、BBくんはちらりとこちらを見てすぐに目をそらした。構わず俺が「俺は○○、お前は?」と聞くと、「BBです。」とこもった声で答えた。敬語だ。その後会話は続かなかった。
音楽教師のオッサンは、金縁メガネにピンクのシャツ、ギンガムチェックのズボンにサスペンダーだった。その独特の風貌に目を奪われているうちに授業は始まり、やがて皆立って歌を歌うことになった。
なぜか『スター・ウォーズのテーマ』である。
歌詞なんかねえだろと思ったら、ご丁寧に楽譜に「パパパ、パーン、パーン…」と書いてある。なんだこりゃ、こんなもん歌えるかよ、と萎えた瞬間、
――― ぱぁぱぁぱぁ ぱぁ~ん!ぱぁ~ん! ぱぁぱぁぱぁ
という全力の歌声が俺の後頭部に刺さる。思わず振り向いた瞬間、BBくんは俺をちらりと見たが、またまっすぐ前をみて歌い続けている。
――― ぷぁぷぁぷぁ~ん ぱぷぁぷぁぷぁぷぉ ぷぁぷぁらぷぉらら
といつの間にか勝手な「ら」まで入れながら気持ちよさそうに歌っている。背の高いBBくんの声は少しこもっていて、「ぷぉ」という音のせいか次第にジャイアント馬場のモノマネ風になってきた。しかし、本人はいたって真面目だ。
俺は思わず吹き出し、振り向いて「BB!やめてくれ!」と笑いながら言った。驚いたBBくんは、ピンクシャツの視線を気にしながら「なんで?なんで?」とことさらに声を潜めて聞く。
「お前馬場じゃん」と言うとキョトンとしている。「だから、お前の声ジャイアントじゃん」と言うと理解したらしく「そう??」と言いながらBBくんは笑った。ピンクシャツを気にしながら。
「おい!そこ!」とピンクシャツが怒鳴った瞬間、BBくんは首をすくめたが、その後また笑った。
その後俺たちは打ち解けて会話するようになった。
BBくんは、俺がピアノを弾けることを知って大袈裟に「○○くん、見えない、似合わない。似合わないですよ。」と何度も連発しつつまだ敬語だった。
BBくんに「なんでそんな恰好なのに書道や美術じゃなくて音楽?」と聞かれて「物を残すのがめんどくさいから」と答えると、BBくんは「僕は上手じゃないけど音楽が好きなんです」と言った。
俺は高校ではいつもヤンキー風の友達とつるんでいた。授業中に教室で煙草を吸ったりもしていたし、ここに書くのが憚られるような行動の連続だった。今思えば恥ずかしいが、当時はそれでいいと思っていたし、友達と仲も良かった。
でも、俺は音楽の授業でBBくんと会うのが楽しみになっていった。授業の時におしゃべりをし、他で会った時は挨拶を交わすぐらいだったが。
BBくんとは体育の授業でも一緒だった。音楽の授業の前にも体育の授業を受けたはずだが、BBくんの存在には気づいていなかった。それに、体育の時間に会話することもなかった。
ある日、バレーボールの授業で6人ずつのチーム分かれることになった。約1ヶ月の間このチームで練習し最後にトーナメントの試合をやる。BBくんと俺は同じチームになった。
BBくんは完全に運動音痴だった。ちょっとした動きを見ただけでわかった。レシーブの練習をしても、ほぼ毎回ボールはあさっての方向に飛んでいく。オーバーハンドパスだとマンガのようにヘディングになることもしばしばだった。
俺とBBくん以外の4人もなぜか運動音痴だった。BBくんとは比較的仲の良いやつらだった。そして、アタックはおろか、まともにレシーブ、トスの出来る人間は一人もいなかった。どうみても最下位チームに見えた。
俺はバレーボールが得意だったが、体育をまじめにやる気はなかったし、よくサボってもいた。
チームに分かれて2回目の授業のとき、BBくんが俺に「僕、運動が苦手だから足を引っ張ってすみません。」と言った。「は?そんなこと気にしねえよ。」と答えると、「どうやってもうまくなりそうにないんですよね。」と言う。重ね重ね敬語だ。「敬語やめろよ。」と言ったら「あ、うん。やめます。あ、やめる。」と言った。
BBくんは一人でアンダーパスの練習をしていた。ひょろ長い身体とでかい頭で投げたボールによたよたと向かっては明後日の方向にボールを飛ばしている。それを飽きもせず繰り返していた。
BBくんの体操帽は、サイズが合っていないのか、生真面目にあごの下にまわしたゴムの甲斐もなく、平安の烏帽子のようにちょこんと乗っている。
俺が「一緒に練習しようぜ」と言うと、意外そうな顔をして「でも、うまくならないですよ。」とまだ敬語で言う。「なるよ。」「本当に?」「うん、絶対なる。」
するとBBくんは、勝手に他の4人も呼んできて、結局6人でそろって練習することになった。俺はそういうつもりじゃなかったのだけど。まあ、いい。
みんなものすごく下手だったが、俺が決めた練習メニューを一心不乱にこなした。他の人間からは、その一心不乱さが一層無様に見えたのかも知れない。俺のヤンキー仲間も横目で見ながら笑っていたが、俺に遠慮してあからさまに何か言ってくるやつもいなかった。
チームメイト達は、そのうち10回に5回ぐらいは思うところに返せるようになってきた。いつの間にか俺のアドバイスには嬉しそうに素直に従い、うまくいくと「イェーイ!」とハイタッチをしてくるようになった。失敗すると「もう1本!」と大きな声を出し、他のやつは「ドンマイドンマイ!」と声をかけた。俺は最初、そのベタさが気恥ずかったが、気づくと楽しくなっていた。
トーナメントの日、チームメイトたちは「なんとかボロ負けはしないぞ!」と気合が入っていた。だが俺は「優勝するぞ!」と言った。みんな一瞬キョトンとしたが、「よし!優勝!」と声をそろえた。ヤンキー仲間たちが驚いた顔をした後、また笑った。
俺たちは優勝した。
奇跡が起きたのだ。
俺は必死だった。あんなに必死にプレーしたことはなかった。そして、チームメイトたちは奇跡的なファインプレーを連発した。しつこく拾い、必死で返した。俺は渾身の力でアタックし、ダイブし、声をかけた。チームメイトのほとんどが今まで決めたことのなかったアタックを決めた。きつかったが、皆笑っていた。
BBくんは、何度も俺に「○○!決めろ!」と叫んだ。
その時のヤンキー仲間たちの顔が忘れられない。心底驚いていた。教師も興奮していた。何より俺がBBくんたちと何度もハイタッチをしたり声をかけあったりしているのが意外なようだった。
俺たちは教師にベタ褒めされ、俺は憮然とした顔をしていたが、チームメイトたちに身体をベタベタ触られていた。BBくんは、「○○!やった!すげえ!やった!」を連発していた。
ヤンキー仲間が俺に「お前すげえな。」と声をかけた。俺は「あいつらすげえな。」と言った。
その日でチームは解散だ。
俺は前と同じく、BBくんと会えば挨拶をしひと言ふた言言葉を交わしたが、それ以上つるむことはなかった。だが、BBくんが敬語に戻ることもなかった。
学年が変わると授業で一緒になることもなくなった。
それだけのことである。
BBくんはいいやつだった。
思い出させてくれたスター・ウォーズに感謝したい。