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45 For Trash

しごうするのか、されるのか。

石を投げ合っているのは敵ではないかも知れない 〜 トランプ政権・米大手メディア・アメリカ国民 〜【訂正あり】

我々人間は地球上の至る所で争っている。実際に殺し合っている場合もあるが、その多くは言い争いだろう。その中には議論と呼べるものもあるが、それは実は僅かで、ただ「敵」と「味方」に分かれての罵倒の応酬の方が多いのかも知れない。

石を投げ合っていれば、石を投げてくる奴を「敵」だと思うだろう。そもそも、「敵」とはこちらに石を投げてくる奴だ、と言えば確かにそうだ。喩えではなく、本当に物体としての石を投げてくる奴がいたら、それこそ自分の方からも石を投げ返したり殴り返さなければならなくなる。

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言葉での攻撃であっても、場合によって人の心を傷つけ回復し難いダメージを与える場合もあるだろうし、物理での攻撃への布石になる場合もある。しかし、言葉だけで止まっていることを前提にすれば、物理攻撃よりは多くの場合ダメージは少ない。気にしなければノーダメージということもある。

我々は至るところで言葉の応酬を繰り返す。ある意味それは、この場所が、表現の自由が守られた自由主義国家であり、言葉のやり取りによって物事は決められていくべきだという民主主義国家である、ということを示す平和な光景なのかも知れない。

ただ、人間にとって言語はあまりにも重要なコミュニケーション手段であるから、言葉で表現されるものの力はとても強い。特に、攻撃的な言葉に対しては、防衛反応なのか、好意的な言葉以上に人間の心に影響を及ぼす。言葉に目を奪われる。

「敵」と「味方」に分かれて言葉という石を投げ合っている光景はどこででも見ることができる。ニュースでも、ネットでも、SNSでも、国会中継でも。繰り返すがここに挙げたほとんどの場面では、議論と呼べるものが成立していることは少なく、ただ石を投げ合っているだけだ。議論ではなく石の投げ合いばかり、という傾向は個人的には強まっているように見える。

日常的なこの繰り返しは、喫緊の課題に際しても変わりはない。

メディアが認定する敵と本当の敵

抵抗権ではなくクーデターに言及したニューズウイーク

私は政治の専門家でもなんでもない。それなのに、アメリカのトランプ政権の動向から目を離せない気持ちになるのは、その政策変更の激しさそのものも大きいが、それだけでなく、アメリカ国内が「敵」と「味方」に分かれて激しく戦っているように見える、ということもある。どんな大統領選挙においても、「敵」「味方」に分かれた石の投げ合いはあったろうが、今回ほど激しく石を投げ合った選挙は私の知る限りではないように思う。そしてそれは政権誕生後、より一層激しく続いているように見える。

下記は今日読んだニューズウイークのコラム。「味方」に対して語りかけながら、思い切り「敵」に石を投げようと試みているように見える。

www.newsweekjapan.jp

トランプ大統領を追い出す方法を4つ挙げているのだが、4つ目に挙げているのが「軍事クーデター」であった。

4つ目の選択肢は、アメリカではまさかあり得ないと思われるかもしれないが、軍事クーデター、或いは米軍の上層部が大統領命令の一部に従うのを拒否することだ。

トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

ニューズウイークに、合衆国憲法の外にある事実上の手段が堂々と掲げられているのには私もかなり驚いた。軍事クーデターは憲法を否定する行為であり、いわば悪魔の武器のようなものだ。それを目的にそって使える可能性は、トランプ大統領を民主的にコントロールする可能性よりもはるかに低いだろう。トランプ政権よりももっと早く破滅に向かいうる手段である。

切迫感・危機感は確かにあるのだろう。しかし、それにしても解せないところがある。

こんなものを持ち出す前に、国民の「抵抗権」に言及すべきではないか、と私は思った。合衆国憲法第2条には国民の武器保有の権利を規定しており、それはしばしば銃規制の議論で登場する。しかしこれはそもそも、合衆国憲法が国民の「抵抗権」を保障しているものであり、独立宣言の下記の内容を受けてのものである。

そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったと きには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が 最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の 権力を組織する権利を有するということ、である。

独立宣言(1776 年)|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN

コラムの筆者がどのような意図でこの抵抗権に触れないまま軍事クーデターに言及したのか、その意図は明確にはわからない。わからないけれども、私にはこう思えた。

「アメリカには今、トランプ派と反トランプ派がいるが、反トランプ派こそが正しくアメリカの価値を体現している。国民の中にはトランプ支持者が相当数いることは承知しているが、彼らは正しくない。反トランプこそが国民の声である。」

そう叫んでいるように見える。

しかし一方で、大統領選挙でトランプが勝利したという事実からは目を背けることができない。この最も受け入れがたく、しかし動かしがたい事実を目の前にして、コラムの筆者は少なくとも反トランプ派の国民を「敵」とみなし、自分の「味方」には入れられないと考えている。少なくとも次の大統領選挙まではこれは変わらない。だから、国民全般を信頼することはできない、と。

問題はイデオロギー対立ではない

私は日本国民なのでそんな資格はないが、トランプを支持することはできない。それは過去の記事を読んで頂ければわかるはずである*1

しかし今、反トランプを牽引しようとしているアメリカメディアの多くの姿勢を全面的に支持することができなくなっている。もちろん、日本の多くのメディアに比べれば明確にジャーナリズムの精神が生きているとは思うものの、今私が問題にしたいのはそこではない。彼らが国民の声をきちんと汲み取っていないという点への懸念である。

アメリカの大手メディアの社員やコラムニストたちは、自由や人権、民主主義といったアメリカの価値のために闘おうとしているようだし、確かにトランプ政権の政策はこれらの価値を覆す可能性を十分持っている。だからそこへの論陣をはるのはわかる。しかし、より根本的な問題は他にある。トランプがこれらの価値を覆す可能性を知っていてもなおトランプを支持する人々が、ここまでの多数となったことへの視線である。

民主党政権であれ共和党政権であれ、これまでのアメリカの国家体制の下では、これら大手メディアの人間たちは決して「取り残される」側の人間ではない。富豪ではないとしても、グローバリズムの中で顧みられることもなく喘ぐ人々とは違って、イデオロギー的な対立は多少あるとしても常に安全な場所にいた。だが、多くの「普通」のアメリカ人にとって大切なことは、イデオロギーではない。彼らの喫緊の課題は「生活」である。それが全てではないにしても、ある種の「今までのアメリカをぶっ壊したい」という欲求がトランプの扇動とうまくかみ合い、今の事態に至っていることを彼らは忘れているか、見て見ぬふりをしている。

だから、軍事クーデターというような、驚くべきものに言及した挙句、「民主党が多数を取れば」とか「ペンスならまだマシ」といった意味の言説を述べる。しかし、それは単に「元に戻したい」という願望の表明であって、大統領選挙を通じて表現された、多数の国民の希望を無視する行為だ。本来先に触れるべき「抵抗権」に触れないのは、国民の多数はの真意を本気で汲み取る気がまったくないからではないのか。

トランプ政権を打倒しても苦しみは消えない

問題は、アメリカ国民をトランプ派と反トランプ派に分け、どちらが愛国的かを評価し、どちらかを一方的に否定するという「敵」「味方」の判定の仕方だと私は思う。大手メディアは都合よく、トランプ派を「敵」、反トランプ派を「味方」だと描いているようだが、本当の敵味方の境界線はそこにあるのだろうか。

アメリカ国民は、両派に分かれて石を投げ合っている。その先頭に立っているのは、今のところトランプ政権とメディアである。しかし、このままでは、これまで通りの「共和党」対「民主党」という不毛な選択肢の枠組みが少しズレただけで終わる。誰が勝とうと、いい思いをする人間と、日々苦しむ人間は決して入れ替わりはしない。

つまり、本当の対立は、トランプ派と反トランプ派にあるのではなく、(出来るだけイデオロギー的な色彩を抑えて言えば)アメリカ国家がせっせと利益を与えてきた一部の層とそこから取り残され苦しんでいる人々の間にあるのではないか、ということだ。メディアがトランプを支持する国民を無視することは、国民の間の両派の対立をより深く決定的にするだろう。彼らはお互いを「敵」と認定し、石を投げ合うだろう。どちらが勝ったとしても、多くの国民の生活は良くならない。

国民が共有する苦しみとは一体何か

強固になる一方の敵認定

私が言いたいのは、トランプ政権を延命させるべきだ、ということではない。特に、この政権の人種差別的、性差別的、非科学的な姿勢は、直ちにアメリカ国民、それのみならず世界に多大な影響を及ぼし我慢できない結果をもたらす可能性がある。私は日本にいながらも、この政権への恐怖も感じている。正直に言えば、他人事だとすれば、もう少し穏健な政権に変わってくれれば少しは安心するだろうとすら思う。大手メディアの多くが、今必死に人権や民主主義といった価値を対抗軸として政権と対決姿勢を強めていることももちろん理解はできる。

だが、それで事が解決するとは決して思えない。乗り越えられないと思う。

トランプ政権を拒否すべきだとしても、もろともトランプ支持者を拒否すべきだとは思えない。少なくとも彼らがこれだけのエネルギーを結集する動機となった怒りや不満には真実があると思うからだ。その声を収集する資格のない者が、その力を利用して権力を掌握した。トランプは彼らの胸をすくことはあっても、本当の怒りや不満を解消することはないだろう。つまり、はじめてここまで顕在化した怒りや不満は、どんな形であれはっきりと存在し続ける。

私はこれらの怒りや不満に正面から向き合わないなら、アメリカがトランプを乗り越えてもアメリカの破壊は止まらないと思う。その存在を無理に無視しようとすれば、形を変えたトランプの亜種が必要となるだけではないか、と思う。

この怒りや不満は、トランプ支持・不支持と関係なく、アメリカ国民に共有されるはずのものだと思う。しかし、国民はトランプと反トランプに分かれて石を投げ合っている。もしかしたら、石を投げている相手は敵ではなく味方かも知れないのに。

アメリカにおける現在の石の投げ合いは、幸いなことにまだ主に言葉によるものである。しかし、トランプを支持する、トランプ政権を打倒する、それぞれの立場から、国民同士が激しく言い争っている。敵認定をして石を投げる。石を投げられたから敵認定する。これまでもずっと繰り返されてきたことだろうが、これまでにないほどの言い争いが起きている。

トランプを支持している人達は、反トランプ派が必死に抗議しているのを見て、選挙に負けた「負け犬」だとあざ笑うかも知れない。反トランプ派の人々は、トランプ支持者を見て、人権や民主主義を理解しない大馬鹿者のわからず屋だと腹を立てているだろう。そしてまた、石を投げあう場には、必ず、石を投げること自体が好きな人間が少しは含まれているものだ。喧嘩で物事を解決しようとするのではなく、喧嘩そのものが目的の類の人間、人を殴れればいいと考える人間だ。そして喧嘩の最中においてこういうタイプの人間がまわりに与える影響は思いの他大きく、罵倒が拡大していく。

この繰り返しによって敵認定はより一層強固になっていく。

石の投げ合いで利を得るのは誰か

だが、反トランプ派の中には、トランプ支持者が声を上げざるを得なかったその現実の「生活」に共通の苦しみを抱いている人がいるはずだ。トランプ支持者たちもよく考えれば自由や人権の恩恵に浴しそれがなければ「生活」がより一層苦しくなる可能性に気づくかも知れない(これがどれだけ楽観的な見方なのかは自覚している)。

トランプは、熱狂的に支持された恐るべき公約を着々とこなしていこうとし、選挙戦と変わらぬ言動を続けている。アメリカの分断はトランプ政権の重要な、いや唯一の強力な燃料だ。そしてその燃料を図らずも追加しているのは反トランプの論陣のはり方を間違った(あるいは正しい論陣をはれないことを宿命づけられた)大手メディアだ。

国民がこの流れに乗って、お互いに石を投げ合っているのを、高みから眺めて笑っているのはトランプたちだけではないかも知れない。トランプたちのように大笑いではないかもしれないが、この事態に際しても笑顔を絶やさずにいられる人々がいるかも知れない。アメリカ国民の本当の敵は、誰が政権につこうと笑っていられる彼らなのかも知れない*2

国民の意思を統合できる政治勢力

書いているうちに思い出した話があった。

数年前に見たTEDのプレゼンの中に今でも記憶に残っているものがある。富豪であるニック・ハノアーが富豪に向けたメッセージだ。

www.ted.com

もしこのまま富や力や所得を 一握りの超富豪に 集中させていたら 私たちの社会は 資本主義下の民主主義から 18世紀のフランスのような 新封建主義へ変わってしまいます それは革命前の 農具を持った民衆が 反乱した頃のフランスです

ニック・ハノーアー: 超富豪の仲間たち、ご注意を ― 民衆に襲われる日がやってくる | TED Talk Subtitles and Transcript | TED.com

ニック・ハノーアーは「過度の富の集中は人々の不満を蓄積・爆発させ、必ず革命が起こる。自滅する前に調整して革命を防ごう。」という意味の話をしている(そして本人曰く、これは倫理的な意味で言っているのではない、とのこと)。革命後の世界を「新封建主義」と言っているところが、本気でそう思っていることを示している気がするが、いずれにしても、資本家の中からですら、やりすぎじゃないか、という声が出て一定の評価が寄せられるような現実があったということだ。

しかし、民衆は革命を起こしてはいない。その革命の原動力になるようなエネルギーは、トランプに吸い寄せられた。これほどまでのエネルギーが眠っていたことに気づいて恐怖した大富豪もいるかも知れない。そしてトランプがそれを吸収したことに安堵しているかも知れない。

今のこの捻じれた結果は、アメリカ国民の怒りや不満の本当の根源に着目しこれらの国民の意思を統合できるような政治勢力・リーダーが存在しない、という点に根本的な原因がある。それはたまたまではなく、アメリカ国家が慎重にその芽を摘んできた成果だろう。

だが、現在進みつつある自由・人権や民主主義の軽視や破壊を本気で阻止したいなら、これらのイデオロギー的な価値を対峙させるだけでは全く足りないと思う。相手がこの価値を理解していないだけだと決めつけてはダメだ。もっと深く根本的な理由がある。

石を投げる方向が本当にこのままで良いのか、本当は味方同士で傷つけあっているのではないか、ということを本気で見つめなければ、結局のところ本当の敵を利するだけなのだ。どんなに困難があろうと完全に不可能なことではないと思う。恐らく、夢ではない。トランプ政権ですら誕生したのだから。

それはまた「他山の石」としても考えなければならないことだと思う。

【訂正】(2017.2.2 21:39)

ニューズウイークとするべきところ、当初ニューヨークタイムズと書いておりました。ご指摘により訂正いたしました。謹んでお詫び申し上げます。


※参考記事:

www.shigo45.com


This is a post from 45 For Trash

*1:

www.shigo45.com

*2:以前書いた記事で関連があるもの:

【注意】ここに挙げた富豪たちこそが最大の敵だと言いたいわけではない。ここまで目立ちはしないが確実に国家を利用しながら利益を得ている層がいると思うが、ここで挙げる余力がないのでお許し願いたい。
www.shigo45.com

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