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しごうするのか、されるのか。

【連載】「効果的利他主義」批判 ‐ その1 ‐ 序

最近、「効果的利他主義」という言葉に触れる機会が増えたように思います。私自身がこの言葉を知ったのは恐らく一昨年ぐらいだと思うのですが、違和感を感じつつもあまり関心を払わずに来ました。

それは、「効果的利他主義」が慈善活動におけるリソース分配の問題という限られた範囲を射程にしていると理解していたからです。

しかし最近、この考え方が、慈善活動のみならず、人間の倫理的態度全般に関わるまさに「主義」「哲学」としての性格を与えられて流布され拡がりを見せているように感じることも増えてきました。

そこでこの「効果的利他主義」について、一度正面から向き合い、考えてみよう、ということでエントリーを上げることにしました。

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Photo credit: Hamed Saber via VisualHunt / CC BY

当初は、ネット上の情報をもとにごく簡単な言及に止めようと思っていたのですが、断片的な情報だけでは理解しきれないことも多かったため、「効果的利他主義(Effective Altruism)」を提唱する代表的哲学者であるピーター・シンガーの著作を読んでみることにしました。


あなたが世界のためにできる たったひとつのこと 〈効果的な利他主義〉のすすめ(Kindle版です)

この著作は、広く一般の人に「効果的利他主義」を広める意図で書かれたもののようで、必ずしも哲学書・学術書と呼べるものではないかも知れませんが、私のような者にはちょうど良いと思えました。また、そのようなコンセプトの著作であっても、当然彼の唱える「効果的利他主義」について矛盾なく説明しているものだとは思います。

よって、今回はこの著作を中心に、「効果的利他主義」について検討をしていこうと思います。

表題の通り、その内容のほとんどは効果的利他主義に対する批判になる予定です。当面は、この著作への言及を中心に *1、いくつかのエントリーに分けて批判をしていくつもりです。考えながら書くつもりなので、最後に内容をまとめたエントリーを書きたいとも思っています。

なお、ご存じの通り、私は哲学や倫理に関する専門家ではありません。自分の考えの整理と、あわよくば読む人のヒントになればという程度の思いで書いているという限界はご了承ください。

効果的利他主義のポイント

効果的利他主義の定義は私にとって明確ではなく、本書を読んでも正確な定義を知ることは難しいと感じました *2。そこで、無理に定義づけをするのではなく、その主張の主要なポイントを本書の「はじめに」を参考に挙げておくことにします。それらに対する検討は後日に譲り、ここでは簡単にポイントを挙げるだけにとどめておきます。

慈善活動における費用の有効性を重視し確かな証拠に基づき検証する

効果的利他主義の重要な特徴は、どのような慈善活動にリソースを充てるべきかについて、確かな証拠に基づいてその効果を検証し決定しようとする点です。

慈善事業は巨大な産業です。アメリカだけでもほぼ一〇〇万の慈善団体が存在し、年間二〇〇〇億ドル近くの寄付がここに流れ込み、その上に一〇〇〇億ドルが宗教団体に寄付されています。そうした慈善団体の中には明らかな詐欺も少数はありますが、それよりも問題なのは、こうした慈善団体に十分な透明性がなく、本当に世界に役立っているのかどうかを寄付者が判断できるほどの情報がないことです。この三〇〇〇億ドルの寄付のほとんどは、その慈善団体が支援している人や動物や森の画像への情緒的な反応から寄せられるものです。効果的な利他主義は、慈善団体に活動の効果を開示するように促すことで、この状況を変えることを目指しています。このムーブメントはすでに、極度の貧困による苦痛と死を効果的に減らすような活動に、多額の寄付を導いています。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] はじめに、location105

これは「いちばんたくさんのいいこと」ができる活動に寄付をする、という表現でも示されます。

効果的利他主義は他を利するだけでなく自らにも恩恵をもたらす

効果的な利他主義は私たち自身の人生に意味を与え、私たちの行いをやりがいのあるものにしています。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] はじめに、location112

これについては、シンガーがわざわざ効果的利他主義の特徴のひとつとして挙げていたので取り上げましたが、いわゆる古くからある「利己主義」「利他主義」の定義の仕方の問題、もっと言えば言葉の問題であって、あまり重要な点であるようには思いませんでした。運動論としては意味があるのでしょうが。

理性の力こそが倫理的行為に決定的な役割を果たす

効果的利他主義は、倫理的行為をもたらすのは共感や愛のような情緒的なものではなく、あくまでも理性である言います。

効果的な利他主義は、哲学と心理学の古典的な問いに新しい光を当てています。人間は自分たちの基本的欲求と情緒的な反応に従って行動する存在であって、合理的な判断以前にすでにどうするかを決めていて、その行動を正当化するために理性を使っているだけなのでしょうか? それとも、理性は私たちの生き方を決める上で、決定的な役割を果たすのでしょうか? 自分の利益や愛する人の利益を超えて、赤の他人や未来の世代や動物の利益を考える人は、なにに動かされているのでしょう?

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] はじめに、location115

この問いについてシンガーは、例えば、

効果的な利他主義者には、顔の見える人に対して感じるような強い情緒的共感は必要ありません。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] はじめに、location1265

と答えています。

本書の各所に、共感に基づく行為選択が倫理的には愚かな行為であり、共感等の情緒的判断を排除した理性に基づく行為こそが、価値のある倫理的態度であるということが説かれています。

全ての生命は平等の価値を持つという考え方

この考え方は「はじめに」に書かれているわけではありませんが、ピーター・シンガーの唱える効果的利他主義にとっては中心的に位置する考えであると言っても過言ではないでしょう。

ピーター・シンガーはTEDでの講演において、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が掲げるこの言葉を、世界の状況を論理的に捉える考え方だと言っています。

www.ted.com
(本書に書かれている内容を要約的に話したとも言える有名な講演なので、興味のある人は視聴すると良いと思います。)

同じ国に住む人であろうと、遠い国に住む見知らぬ人であろうと、その命の価値は同じだと言うことを理性的に認めよということです(シンガーにとって、ここで言う「生命」は人間の生命に限らないのですが、それについては後日触れるとします)。

いかにも反論しにくい理性の働きによる結論

シンガーのこれらの主張は一見反論しにくい内容を含んでいます。まさに「理性」の働きが出した結論とも言えそうです。しかし、私にはこれらの主張が理性的にも間違っているように思えるところがあります。これに関しては、他の部分と含めて、次回以降のエントリーで書いていきたいと思います。

効果的利他主義の功績

さて、これから書く予定の連載エントリーでは、効果的利他主義に対して批判的な考えを持つ私の立場からの記述が中心となる予定です。

しかし、その前に今回は、効果的利他主義の持つ、肯定的な側面に光を当てておきたいと思います。

私の主張は効果的利他主義が有害ですらある、ということですが、かといって効果的利他主義のすべてが有害に作用していることを証明しようと考えているわけではありません。

最近多くの人から関心を寄せられ、賛同者を増やしているこの考え方には、もちろん肯定的な側面もあるからです。これを功績として最初に挙げておきたいと思います。

効果の測定、評価

効果的利他主義の功績で最も重要なものは、慈善活動の効果を数値化し評価する手法を確立しようと努力してきたことです。

例えば、ヘッジファンドから転身して「ギブウェル」という組織を立ち上げた人々の活動。慈善団体に情報の透明性を要求し、そのデータを評価して寄付が効果的に使われているかを評価するしています。

受け取ったピカピカのパンフレットには、子供の笑顔は載っていても、どれだけの費用でなにが達成できるのかを説明するデータはまったく見当たりません。慈善団体に電話をかけ、自分たちが求めている情報を説明しても、欲しいものは手に入りませんでした。そうした情報は部外秘だという団体さえありました。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] 第2章、location331


本当に助けが必要な人たちに寄付が役立っているかがどうしてわかるのかと聞かれたら、今ではきちんと答えられます。〈ギブウェル〉のランキング上位の団体に寄付すれば、あなたのお金が必ず人の役に立ち、非常に効果的に使われると自信を持って言えるのです。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] 第2章、location342

従来、慈善活動に投じられた寄付の使われ方については不透明なことも多く、精査すると、そのほとんどが慈善活動自体の維持運営費に消え、肝心の目的にはほとんど使われていないという例すらあります。

詐欺的な似非慈善団体はごくわずかだとしても、自分の投じた寄付の行方を正確に知ることは難しく、寄付先の選定の材料が乏しいせいで、単にイメージなどからの情緒的選択にならざるを得なかった面は、確かにあったと思います。

効果的利他主義の考え方を背景に、限られたリソースをいかに有効に使い、できるだけ多くの現実の苦しみを減らそうとするこの姿勢や実践は、不透明であった慈善活動の世界に、透明で経営的な視点をもたらしました。

この功績は、効果的利他主義の最も賞賛されるべき功績だと思います。

もっとも、効果的利他主義の考え方がなければ、このような事が達成できないわけではないとも思います。また、その評価方法が本当に正当なものなのかどうかについても議論の余地は大きいと思います。例えば、上に挙げたギブウェルは、アメリカ国内の貧困層を支えるチャリティに対する評価自体を取りやめましたが、それは途上国の貧困層を助ける方がはるかに費用対効果が高いことが明らかになったからなのだそうです(これは費用対効果測定以前にある哲学的態度の問題だとは思いますが)。しかしこれに疑義を感じる人もいるでしょう。私もその一人です。

しかしながら、この試みを強力にハイスピードで推し進めることが出来た要因に、効果的利他主義のムーブメントがあったことは疑いようのないことだと思います。

効果的利他主義の実践者

効果的利他主義の実践者として紹介されている人々は一様ではないし、シンガーの紹介するこの人々が厳密な意味で効果的利他主義者と呼ぶべきものであるかは判別しにくい部分もあります。

しかし、シンガーが紹介するこの人々が、最貧国の人々の命を救うなどの結果にコミットしていることは確かです。ここで一つ一つの例を引用することはしませんが、例えば、自分の手にする収入の大部分を慈善活動に拠出する人がいたり、特別収入が高いわけでもないのに、多くの部分を寄付する人たちがいます。

彼らの姿勢の全てににわかに賛同するかどうかは別にして、彼らの行為そのものを批判するつもりにはなれません。何が動機であれ、他人を救う行為はそれ自体で尊いものです。

中にはおよそ私自身が簡単には真似出来そうもない行為も含まれています。

アレキサンダーは集めた情報から、腎臓提供は自分にもできることだと思い始めました。友人と家族にそう考えていることを話すと、とんでもない自己犠牲だと言われました。ですが、アレキサンダーは「それなりに利他的な人間が、人助けのためにできるたくさんのことのひとつ」だと言って譲りませんでした。彼は二一歳の時に腎臓を提供し、六人の提供者の輪を始めました。

ピーター・シンガー 著/関 美和 訳(2015)『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』[Kindle版] 第2章、location1145

これを直ちに賞賛すべきかどうかに躊躇を感じるとはいえ、彼らが彼ら自身の責任において行っているこれらの行為に対し、敬意を感じることはあっても批判すべきだとは思えません。

これらの行為が、効果的利他主義という考え方によってもたらされているのだとすれば、それは効果的利他主義の功績と言えるのだろうと思います。

ただし、彼らの行為の背景に効果的利他主義があり、それがひとつの「主義」として人々に追随を求める主張となっていく場合には、彼らが勝手に行っている行為そのものとは別に、その主張の有害性を批判することは許されると思います。また、彼らがこの主義に基づいて、社会全体に影響を与え、社会システムの中にこの考えを組み込んでいこうと考えるとすれば(そうはならないと信じたいですが)、批判の必要性はより高くなります。

効果的利他主義への批判

今後の連載で私が試みようとしている効果的利他主義への批判の中心は、主に以下のものです。今後の連載ではこれらのポイントを中心に記事を書く予定ですが、最初に概略だけ書いておこうと思います。

効果的利他主義の射程の範囲

私が当初考えていた効果的利他主義は、慈善活動におけるリソースの配分に対する考え方の一つであるに過ぎないというものでした。

しかしながら、ピーター・シンガーの著書からも、あるいはその拡がりから見ても、我々の生きる姿勢そのものを問う、倫理観、哲学とも言うべきものに昇格してしまっているように見えます。いや、実は最初からそうだったのかも知れません。

しかし、その考え方が、我々の人生全般や人の生き方そのものを問う「哲学」「主義」と呼べるだけの資格を持っているのかについて、私は強い疑問を持っています。結論を先取りして言ってしまえば、「効果的利他主義」は単なる「ライフハック」に過ぎないのではないか、という疑問です。

この点が私の批判の一つ目の支柱となる予定です。

強力な現状肯定の思想

次に私が批判すべきと考えるポイントは、効果的利他主義が、世界を変えるムーブメントであるかのように振る舞いながらも、その実、圧倒的な現状肯定の思想ではないかと思える点です。

彼らは、慈善活動に充てるリソース、言い換えれば、それに回せる富を個人が集めていくプロセスへの問題意識を一切持っていません。それどころか、たくさん寄付するためにたくさん稼ぐことを推奨し、その稼ぐ手段は問わないことを明言しています。

これはもちろん、効果的利他主義の背景にある徹底した功利主義の帰結なのですが、彼らの功利計算の中には自らが稼ぐ過程で生み出す不幸は入っていません。彼らは世界に生じた苦しみを取り除く事に熱心でも、その苦しみを生む原因、もっと言えばその苦しみを自分たちが生み出している張本人である可能性には完全に目を瞑っています。

もちろん、この点にピーター・シンガーが無自覚であるわけではありませんが、この問題に真摯に向き合わないことを正当化する彼の理屈(といってもごくわずかな紙面しかあてられていませんが)は、私にとっては、全く同意できない恐るべきものでした。

私が最も批判すべきと思う点は、この部分です。

理性万能主義とご都合主義的で偏狭な共感

効果的利他主義者であるピーター・シンガーの主張は、理性こそが倫理的な行動を起こすことに決定的な力を持つというものです。

そして、彼の理性においては、全ての生命は等価であり、例えば1人を救うよりも10人を救う方が倫理的に高い行為であるという結論は、簡単に導き出せることになります。

ところが一方で、シンガーも、自分自身や家族、友人など親しい人間を特別扱いすることまでは否定していません。最貧国で苦しんでいる人がいるのに、家族に過度な贅沢をさせることも、厳密な意味では否定されていません(あまり好ましくはないように言ってはいますが)。つまり、ここでは理性よりも愛情や共感が優先されているのです。

私から見れば、理性と感情を完全に二元的にとらえることによって生じるダブルスタンダードであり、非常に問題だと思います。

しかし問題はそれだけではありません。

例えば、アメリカ人に盲導犬を1人の人に寄付する同じ金額で、第三国で失明に至る人400~2000人救えるのであれば、盲導犬ではなく失明防止に資金を投入すべきという主張や、アメリカの最貧困層よりも第三国の最貧困層の方が悲惨な暮らしをしているのでリソースは第三国の最貧困層に回すべきだという主張は、シンガーによれば理性の働きにより倫理的に価値の高い行為を選択しているとして賞賛されることになります。

しかしこれは、シンガーの近しい人間に対する特別扱いを許容する考え方からすれば、その「近しい」と感じる人間の範囲の問題に過ぎません。彼らが誰かを共感や愛情に基づく行為を行う対象とするのか、それとも数値化した命や苦しみをクールに比較する対象とするのかは、彼らの近しさの感覚によって選ばれているに過ぎません。

言い換えれば、効果的利他主義者は、ごく特別な場面では共感を優先することを自らに許すけれども、共感を感じる範囲は極めて狭い、ということを示しているに過ぎないように見えます。

一方で、効果的利他主義者でない人々、共感をある程度重視しそれに基づいて行動する人々、これら効果的利他主義者からすれば「理性的でない」人々は、実は効果的利他主義者よりも共感の範囲が広いだけなのではないでしょうか。

この問題は、効果的利他主義の根幹に関わる部分であるため、今後の記事で詳しく検討できればと思います。

今後に向けて

『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと ~〈効果的な利他主義〉のすすめ』を読んでみて感じたことの一つは、この効果的利他主義の名の下に行われている実践は、多種多様であるということです。率直に言って、これらすべての行為について効果的利他主義という言葉でひとくくりにすることには大きな無理があるように思います。

各人の実践は、各人の異なる動機によって行われ、異なるポリシーによって支えられ、異なる実践的アプローチが採られています。ですから、本書に取り上げられた人々の考え方は、そう簡単にひとつのグループに入れて論じることの出来ないもののように思われました。

それでも、ピーター・シンガーが代表する効果的利他主義の考え方は、この考え方に一つのモデルを与え、一つの「哲学」として提供されているものです。そしてまた、この論者が倫理的高みに立ってこの「哲学」への賛同や追随を我々に求めている以上、その「哲学」がもたらすであろう結果や弊害についても真剣に考えておく必要があると思いました。

慈善活動に限らず、自分だけでなく、他者の苦しみに寄り添いその解決を目指すために行う実践には価値があります。しかし、われわれは時に問題を不当に拡大し、理性判断という「正しさ」の下に取り返しのつかない誤りを犯し、時に踊らされ、時に知らずに苦しみを拡大させる側に加担させられることもあります。

私には荷が重いテーマですが、少しずつでも検討を加えていければ良いなと思います。

尚、次回以降は、本書において気になった部分を引用してはコメントするというパターンの記事になると思います。時に断片的な内容になる可能性もありますが、何本か連載をした後にまとめのエントリーを書きたい、というのが私の目論見です。


引き続き書いています。

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トランプ政権との関係はこちら。

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*1:私がKindle版を購入したため、引用にあたってはページ番号を明記することが不可能です。そのためKindle版における位置番号を表記していくつもりです。

*2:自らの理解に基づいて定義づけをすることや、他の文献から引用することも可能なのですが、明確な定義づけが出来ない曖昧さを感じたのが正直なところでもあります。

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